Like an Art DESIGN BLOG

名古屋のプロダクトデザイン会社、ライカアートのブログです。

iFデザイン賞説明会に参加しました

7月24日、ナディアパークの4階Chordにて開催されたiFデザイン賞説明会に参加してきました。

iFデザイン賞は1953年に設立された歴史ある賞で、日本ではまだあまり一般的に認知されていませんが、国際的には非常に権威のあるものです。

昨今では海外での展開を重視している日本企業からの応募数が年々増えているそうです。

 

説明会では、iFデザイン賞日本事務局の方から賞についての概要説明、活動報告、そして過去に受賞経験のある企業のリポートに加え、事務局の方から応募についてのかなり踏み込んだアドバイスがあり、大変充実した内容でした。

 

印象的だったのは、過去受賞企業としてブラザー工業様など誰もが知る大手企業以外に、健康器具などを手掛けているドリーム様などの中小企業も登壇されていたことです。

過去の金賞受賞企業のリストを見ても中小企業の名前が目立ちます。

マーケットがグローバル化している以上、今や中小企業も海外展開が当たり前になってきているようです。

 

今回のお話で特筆すべき、かつ事務局の方が非常に残念に思っていらっしゃることがありました。

iF賞の公式ウェブサイトは過去の受賞作をアーカイブしていて、閲覧者は気になった作品(製品)からその企業のプロフィールをたどれるようになっています。

iF賞のウェブサイトでは受賞企業が連絡先などを各々で登録できるようになっているのですが、日本の企業の多くが未登録のままでビジネスチャンスを逃しているのだそうです。

実際に日本の受賞企業でiF賞のウェブサイトのプロフィールを充実させたことがきっかけで海外での取り扱いが大幅に増えた事例もあるそうです。

逆にいえば、中小企業にとっては非常に多きなビジネスチャンスになりうるということです。

 

私は過去三年ほど説明会に参加しており、それなりに応募の際の注意点、コツなどを学んできましたので、iF賞の応募をご検討されている企業様がいらっしゃいましたら、一度お声がけいただければと思っております。

 

iFデザイン賞ウェブサイト

https://ifworlddesignguide.com/

 

(筆:白川)

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たかが色・形。されど色・形

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デザインはざっくり言えば、色や形を整える事だと一般的に考えられています。

その色や形について、とても重要だと思う人もいれば、たかが色・形、と軽く見る人もいます。

それに対してデザイナーは「デザインは単に色形を整えるだけにとどまらず…」という枕詞をつけてその社会的な重要性を説明をすることがよくあります。

しかし、私はこの説明の仕方には違和感があります。

なぜなら、色・形を軽視することについては肯定してしまっているからです。

 

デザインを軽く見る人の考えとは、つまり色・形(見た目)を優先して機能、性能を蔑ろにする姿勢を批判しているのでしょう。

たしかに防災用品、介護用品などでは何より実用性を重んじなければなりません。

見た目を優先したがために非常時に役に立たない、介護者の負担が増えた、被介護者がケガをしたということでは本来の役割を果たせません。

しかし、色・形というものは視覚情報としての重要な機能があり、決して軽視していいものではありません。

人は外界の情報の大部分を視覚から得ていると言われています。

それだけに、視覚情報による心情への影響は非常に大きいはずです。

むしろ災害時などの極限状態だからこそ色・形がかえって重要になるとさえ言えます。

良い例は病院です。

昔は清潔性を重視し白い内装が一般的でしたが、患者を安心させるために現在は暖色系の色にしたり壁画を施したりするところが増えてきています。

 

しかしながら、こうした変化はビフォーとアフターを体験して初めてわかるもので、個人レベルでは自覚しづらく、社会的にも認知が進んでいないのが現状です。

私が今一番「見た目」という意味でのデザインが必要だと考えているのは介護現場です。

検索していただくとわかると思いますが、自分が介護される立場になったとき、あるいは家族の誰かがそうなったとき、これらを積極的に所有したいと思うでしょうか?

もちろん介護用品にも従事しているデザイナーがいますし、一生懸命良いデザインを提案しているはずです。

しかしながら、現在の介護業界におけるデザインには重要な視点が欠落していると言わざるを得ないと思います。

おそらく被介護者(=ユーザー)からの意匠性に対する要望というのがほとんど発信されず、かつ汲み取られもせず、また、介護者、現場に従事する人々にも影響があるにも関わらず直接的に関係がないとみなされているのではないでしょうか。

色・形は環境の一部であり、所有する本人の趣向の問題に矮小化してとらえてはいけないと考えます。

私は早くこうした視点が介護業界の常識になることを期待しています。

 

デザインは色・形を整える仕事ですが、色・形を通して人の気持ちを整える仕事であると表現するべきだと私は考えています。

 

(筆;白川)

【諏訪市】舗装長寿命化修繕計画シンボルマーク

少し前になりますが、弊社のデザイン事例をご紹介します。

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【諏訪市】舗装長寿命化修繕計画の策定について | お知らせ | 諏訪市

諏訪市で行われている道路の修繕計画において用いられるシンボルマークを弊社でデザインいたしました。

「長寿命化」というテーマから道路のイメージを用いて循環する形を表しました。

現在、工事現場などではこのマークが掲げられています。

(筆:白川)

卒業制作展に行ってきました

この季節、1月末から3月初旬にかけて一斉に美術系、デザイン系学部の卒業制作展が行われています。

私は何かと毎年観に行く機会があり、今年は名古屋造形大学名古屋芸術大学大同大学名古屋市立大学と行ってまいりました。

私が大学を卒業したのは2018年のことですから、当時とはまたずいぶん様変わりしていることを実感します。

プロダクトデザインでいえば、2018年当時はまだiPhoneが出たばかり。

まだまだアドバンスデザイン、情報機器のデザインというテーマが盛んに取り組まれていましたが、今ではスマートフォンが覇権をとり、その存在を無視した提案など考えられません。

それから、アニメ・漫画愛好者が急激に増え、シーンスケッチや人物の絵がみんな本当に上手です。

どんどん才能のある若手が社会に出てくるので、我々も気を引き締めなければいけません!

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名古屋芸術大学、今年は愛知県美術館が改装中のためキャンパスでの展示となりました。

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実際の学校の雰囲気が知れて、はるばる遠方まできた甲斐がありました。



ちなみに、卒展ではありませんがこの時期に毎年やっている僕らのポートフォリオ展にも行ってまいりました。

こちらは学生が有志で参加し作品集を展示するというイベントです。

これがびっくりするほど皆レベルが高いので非常におススメです。

今週末は私の把握している限り、愛知県立芸術大学(2/27~3/4愛知県立芸術大学キャンパス内 各所)愛知産業大学(2/27~3/4名古屋市民ギャラリー栄)の卒展があります。

ぜひ興味のある方は一度足を運んでみてください。

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僕ポは那古野の古民家を改装したギャラリーで開催されていました。とても良い雰囲気。



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(執筆:白川)

株式会社ライカアート

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コンピュータはデザイナーから仕事を奪うか?

先日このような記事を見かけました。

nlab.itmedia.co.jp
直接今回の話とは関係ありませんが、記事の中に非常に興味深いエピソードがありました。

 

――最初は人間ではなくロボットの研究をしていたと。それはいつ頃の話ですか?

 自分のプログラムを開発して完成させたのが1980年前後ですね。「人が描いたスケッチ画から立体を読みとる」というプログラムを作りました。工業用図面とか、鳥瞰図とか、そういうデザイナーが平面に線だけで描いたような絵を見せて、それを立体化するというプログラムです。

 そこで、自分の作ったプログラムの性能を確かめるために、いろんな絵をコンピュータに見せて、立体として認識するか確認していまして。あるときエッシャーが描くような「だまし絵」――「不可能立体」と呼ばれる絵を見せてみたんですよ。

 

            だまし絵(不可能立体)の例

 

 不可能立体の絵なので、当然「そんな立体はない」とコンピュータが答えるのを期待していたら、そうではなくて、ちゃんと作れる立体として認識してしまって……。「人間の目には作れそうにないものが、実はコンピュータでは作れる」というそのギャップから、「なぜ人間は作れそうにないと思うのか?」という方向に興味が広がっていったんです。

 

デザイナーの特技のひとつに「いいアイディアを考える」というのがあります。

世間にはそう思われている、というほう正確ですが、実際デザイナーはたくさんアイディアを出す方法を知っています。

先人たちが発想法というものを確立させてきたからです。

 

例えば、縦と横にキーワードを並べていき総当たり表を作って、2つのワードの組み合わせからアイディアを考えていく方法があります。

ひとつの枠につき3分など、時間を区切ることで短時間にたくさんのアイディアを出す方法です。

発想「法」なだけに、機械的にそのルールに従えばよい、考える必要はない(良い案か吟味する必要はない)、というところがコツです。

 

これって、よく考えたらコンピュータのほうが得意そうですよね。

人の頭はありそうなことから優先的に考えるような仕組みになっているのに対し、コンピュータは優先順位をつけず、網羅的に考えます。

結果として、人が不可能立体と諦めた絵を、コンピュータはちゃんと成立した立体にしてしまったのです。

というわけで、アイディアをたくさん出す能力は今すぐにでもコンピュータに置きかえられそうです。

 

しかし、これがデザイナーにとって脅威かといえばそんなことはありません。

玉石混交のアイディアの中からキラリと光るグッドアイディアを選び出す目利きとしての能力こそがデザイナーの本質だと私は考えるからです。

ではコンピュータはその目利きになれるのでしょうか?

デザイナーは論理と感性を行き来する複雑な思考を経て良いアイディアを見出します。

今のところはコンピュータには無理だろうと高を括っていますが、論理はともかく、本質的にコンピュータにはあり得ない感性ですらもディープラーニングによって擬似的に獲得してしまうかもしれません。

よくわからないけどなんか面白そう!とこれまで学習したパターンから人間は思うだろう、という具合に。

ここまでコンピュータが発達してしまうと、いよいよ我々は職を失うのでしょうか?

 

しかし、やはり人間はそう簡単ではないと思います。

例えば、熱烈な人気が出る飲食店はチェーン店より個人経営の店であることが多いですが、そこにはデータや金勘定で作られたものより、作り手のこだわり、熱意がこもっているもののほうが何となく嬉しいという心理が働いています。

コンピュータにこれがベストですよ、と言われても何となくヘソを曲げたくなるかもしれません。

それが生物としてのプライドではないでしょうか。

 

(執筆:白川)

株式会社ライカアート

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デザインとは何か②

前回の記事で、デザインとは「心理的最適化」「生理的最適化」「知的最適化」ではないかと説きました。今回はそれについて深堀りします。

 

likeanart.hatenablog.com

 

心理的最適化とは、簡単に言ってしまえば子供向けの玩具は丸っこい親しみやすい形にするなどの、ユーザーの気持ちに寄り添った開発姿勢です。例えであげたように主に造形表現に大きく関わる要素です。

機械的な最適解、生産効率上の最適解では抜け落ちてしまう重要な視点です。

ヤンマーはフェラーリのデザイナーであった奥山清行氏を起用し、トラクターのデザインを通して農業のイメージ刷新を試み、農業に従事する若い世代の心を捉えました。

たかが色、形ではありますが思っている以上にその心理的効果は大きいのです。

 

生理的最適化とは、握りやすいグリップの造形であったり、直感的にわかりやすいGUI設計など人間の生理的(かつ身体的)な側面に焦点をあてた開発姿勢です。これは人間工学などを通して広く一般的に認知されていると思います。

形状についての例ではありませんが、ダイソンのヘアドライヤーは一番の重量物であるモーターをグリップの付近にレイアウトすることで操作性を向上させました。これは技術的イノベーションであると同時に人の行為に着目したデザイン的アプローチでもあります。

 

そして、近年のデザインにおいてはスタイリングがかっこいい、使いやすいといった事以上に、複雑で奥行きのある味わい深い体験をもたらすものが評価される傾向にあります。

それに大きく関わっているのが知的最適化という視点です。

映画やアニメなどの映像作品ではよくオマージュ(芸術や文学において、尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事-Wikipedia)やパロディ(他の芸術作品を揶揄や風刺、批判する目的を持って模倣した作品、あるいはその手法-Wikipedia)が出てきます。元の作品や情報を知っている人なら思わず二ヤリとしてしまいます

ウィット(英語で機知、機転などを意味する語-Wikipediaやユーモア(人を和ませるような《おかしみ》のこと諧謔(かいぎゃく)-Wikipedia)はなんの変哲もない内容の会話を楽しい体験に変えます。

人は知識をフルに活用することに喜びを感じ、自分の知識的水準に近いものをより好みます。

 つまり対象ユーザーの知識的水準や文化的背景に合わせたコミュニケーションデザイン(プロダクトのビジュアルや使用感など)がより奥深い体験をもたらすのです。

アップルの製品群といえば極々シンプルなデザインで非常に高く評価されています。しかし、正直アレの何がいいのかわからない、つまらないと感じている人も多いと思います。彼らと評価している人たちの大部分との違いは知識の差にあると思います。これまでアップルがたどってきたデザインや技術的イノベーションの数々、その背景にある一貫した思想を知っている、いわゆるリテラシーの高い人たち(アップルのターゲットユーザー)はあの極シンプルな造形は一朝一夕では実現できない尊いものであることを感じ取っているはずです。そして10年近くかけて同じコンセプトの造形を深化させていくその異例なスタンスに熱狂しているのです。

 

 以上が私の現状のデザイン観ですが、

私自身も以上のことだけでデザインを完璧に定義しきれているのかと言うと、まだ自信はありません。今後もデザイン活動をしながら考えていきたいと思います。
(執筆:白川)

株式会社ライカアート

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デザインとは何か①

そもそもデザインとはなんでしょう。
色、形?感性表現?設計?計画?問題解決?
当たり前のように使っている言葉ですが、その正確な意味を答えるのはとても難しいです。
それを生業にしているデザイナーですら即答できるものではありません。
しかしながら、だからこそ、自分は何をする人なのか?と皆つねに問い続けているものだと思います。
ここでは私の経験にもとづいた、現状の私なりの分析、解を書いてみようと思います。

 

まず前提として言葉というのは常に変容し続けるものですから、場所や時代、立場によっても「デザイン」の指す意味は違ってきます。要は視点の違いなのです。

デザインを設計や計画とするのは欧米での使われ方を直訳したもののようです。
アメリカなどでは日本でいうデザイナー的役割の人を「スタイリスト」と呼ぶようです。
色形を考えること、というのは表面的、即物的なとらえ方ですがそれも正しいといえます。
それから、デザインとは問題解決であるという言説はデザイナーの中でも一般的に広まった考えですが、たしかに社会的視点においては問題解決の一手段というとらえ方ができます。

 

どれも正しいといえば正しいのですが、個人的にはどれもピンとこないというかモヤモヤするというか…

 

私の独自の視点にもとづいて定義すると
デザインとは、心理的、生理的、知的最適化であると考えます。

 

現代のものづくりは一人でできるものではなく、多くの専門家が集まって一つの製品をつくりあげていきます。
その中での役割分担を考えるとデザイナーの責任として考えられるのが上記のことになります。
要は作り手側の視点からとらえたデザインの概念です。

 

 

次回はこの新定義についてもう少し詳細に説明していこうと思います。

 

続きはこちら

 

likeanart.hatenablog.com

 

(執筆:白川)

株式会社ライカアート

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